2012年07月18日

ダンサーを探せ!in 木津川アート2011

木津川アート2011に「ダンサーを探せ!」というプログラムがありました。

ダンサーを探せ!in 木津川 Find out dancers in Kidugawa,Kyoto - mc_news
『ダンサーを探せ!!』は、豊かに流れる木津川のほとり、木津川市「加茂地区」の神社や空き地、路地裏、店舗、河川敷等に隠れた『ダンサーを探す』パフォーマンスです。参加者はマップを片手に加茂地区を回遊しながらダンサーを探す旅に出ます。


ダンサーになるWSや観客として集合する時間などいろいろあって体験したかったのですが、会場まで行くのがやっとで参加はできず…

加茂地区はこんな景色の残る町でした。 会場マップ
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駅を降りて、街中の作品をチラチラみつつ、川の方に向かいます。
木津川アートの会場となる3つの町は、その昔木津川での物流で栄えたようでした。
そのためか、どの町も駅が町の正面で川は町の奥、という感じがしなくて、川が正面だと感じさせる作りでした。神社や旅館があったり、お茶の問屋街があったり、力点がなんとなく川側にあるのです。



川近くまで来たら、風船を持っている人たちがいました。どうもこの人たちが「ダンサー」らしいのです。
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人が集まってきた!
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この人たち、静止してるか繰り返しの動きをしているだけで、踊っている訳ではないんです。
でも「ダンサー」に見えると気がつきました。歩いている「ダンサーじゃない人たち」とはあきらかに違うのです。
よく考えたら町にいる「ダンサーじゃない人たち」は、移動しているか、何か意味のある動作をしています。(ケータイで電話しているなど) こんな風に静止したり繰り返しの動きをしたりをすることはないです。

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木津川に到着。向かいに見える森は恭仁京跡。恭仁京は聖武天皇が5年間都を転々とした(平城京→恭仁京→紫香楽宮→難波宮→平城京)時期、2年だけ未完成のまま都だったらしいです。


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ここにもダンサーがいました。

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ダンサーについて帰ります。

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神社の近くでダンサー御一行と遭遇。

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やっぱり止まってる人がいると見てしまいます。気になる。

加茂地区ではダンサーとの遭遇がおもしろく、作品よりこちらばかり観てしまいました。
ダンスとダンスじゃないものの境目って何でしょうね。


より大きな地図で 木津川アート2011 加茂地区 を表示

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posted by サトウアヤコ at 22:47 | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月14日

Port B 「個室都市 京都」を観たときのこと

KYOTO EXPERIMENT 2010の参加作品。
高山明/Port B『個室都市 京都』京都国際舞台芸術祭2010

マンガ喫茶みたいな個室に予約を入れて、レンタルDVDのようなパッケージのインタビュー映像を時間内で観た。好みの女の子の顔で選んでしまった上に、インタビューが始まってイメージと違う…と思ったら返却したりしてしまう…。
インタビューは短くて早く、京都についてのことだったように思う。あまり覚えていない。

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(会場から見た京都タワー、不穏な感じ)

すごかったのが、オプションツアー(+1000円)。携帯プレイヤーとイヤホンを渡されて参加者がそれぞれスタートする。聞こえてくる指示に従う。
ガードマンとすれ違うことさえ、「これは本物のガードマンなんだろうか、それとも違うんだろうか」と考えてどきどきした。
そして、駅の南北をつなぐ2Fの連絡通路に階段から降りていった時、やや暗めの細い階段から急に明るくなり人が急いで移動している。その中で自分だけが完全に演者サイドで異質だ、と感じた。

地上に降りて、京都タワーを見上げる駅前の定番スポット。ここでしばらく立っているように指示される。同時に、中国人ツアー客がちょうど私の周りを取り囲み、ガイドが横で説明を始めた。みんな京都タワーを観ている。私もなぜか混ざって観ている。これまた仕組まれたような気分だった。

最後の仕掛けはあまり印象に残っていない。とにかく、京都駅は演劇的な空間で、そこで自分が演じる側にまわっていたと感じられたことが衝撃だった。


予約時間に会場に急いで向かっていたとき、エレベーターを登り切ったところに、松本渉さん(シェアオフィスメンバー、KYOTO EXPERIMENTのオススメ教えてくれた)が、白い服装で座っていたのにかなりぎょっとした。約束もしていないのに2週間近くの会期中の、同じ時間に予約しているなんて!
後から思えば、その日起こることの案内人のような存在だった。


「個室都市 京都」上演迫る−「京都の異物」を可視化するパフォーマンス - 烏丸経済新聞
Port-B「個室都市 京都」 - ワンダーランド wonderland
あるYoginiの日常  「個室都市 京都」 高山明/Port B JR京都駅ビル

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posted by サトウアヤコ at 00:45 | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

編み物と私

○○ウォーマーを編む会、をやってみてわかったこと。

・針も毛糸も選ぶのは難しいこと
・例えば目を作ったり、編んだりするところで「こう、ひょいっと」としか説明のしようがない部分があること
・1度一緒にやってみることで、本の説明がわかるようになること(これは期待通り!)
・かぎ針編みはできるけれど、棒針編みは難しいという人がけっこういそうなこと
・デジタルっぽいこと(見ていた友人に言われた)そういえば編み込みってドット絵。


何人かの人に話を聞いてみると、「編み物できる」人は、子どもの頃に祖母なり母なりに教えてもらったようだ。私自身も母に確認したところ、小学校低学年で興味を示したので、祖母に手ほどきしてもらったらしい。(小2以前の記憶はあいまい…)
家庭科では編み物やらないし、誰かに教えてもらわない限り、いきなり本読んでできるものではない…よね。


祖母は、とにかく何でも編めた。本を参考にして自分でオリジナル柄を作って、セーターを何枚も編んでいた。ちょっと重いけれど今でも残っている。
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母は、そういう祖母のおかげで自分で編む必要がなかった、かつ、既製品のセーターがかっこよく登場した時代だったので、編み物はしないままだった。
編み物は2次元と3次元をマッピングさせる空間把握能力のようなものが必要な気がしていて、微妙にその辺りに苦手なところのある母には難しかったのだろうなと思う。(刺繍や縫い物は得意)


で、私自身は小学校高学年にはマフラーなど編み始めていて、
中2ぐらいで初めて5本指かつ編み込みに挑戦してみたのがこの手袋。
写真 12-05-08 14 49 54.jpg
本の通りに1週間ぐらいかけて編んだ。毛糸が細めなこともあり、今編んでるものよりはるかに完成度が高い…子どもの集中力ってスゴイ。

その頃は今ほどかわいい手編み本も売ってなかったことや、柄や配色が思いつかないというオリジナルの罠にはまったこともあって、それ以降たまにマフラー編んだり手袋編んだりするぐらいで、それほど熱心に編み物はしなかった。(冬場に肩こりがひどくなる、ということもあり)


家族のために必要に迫られてリストウォーマー編んだところからスイッチが入り、
最近色違いで編んだリストウォーマーはこれ。配色は北欧編み物本を参考に。
この秋冬のアイテムを増やしたいというより、模様が立ち上がるのが見たいだけな気がしている。
写真 12-05-24 10 59 23.jpg

編み地を楽しむリストウォーマー
編み地を楽しむリストウォーマー


編み物でつながりができるのも楽しそうだし、
編み物できない人ができるようになって、10年後にその人の子どもに伝わったりしたら素敵だなと思う。
しばらくは1人で編むことになりそうだけれど、これからが楽しみ。


これで友達が増えたりしたら、祖母が生きていたらどんなに喜ぶだろうか。
学生時代、「どこそこに行ってきた」(例えば飛鳥)と話して、「お友達と?」と聞かれて「ひとりで」って言うたびに、微妙なかなしい顔をされていたので…

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posted by サトウアヤコ at 00:29 | チャレンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

フィルムカメラはじめました(KLASSE S)

昨年夏ぐらいから気になっていて、でもその時はナチュラ(ズーム)かKLASSE S(単焦点)か選べなくて踏み切れず。
きっかけになったのは、年末の写真飲み会で、「デジカメはプレビューがすぐに見えてしまうのがよくない」って言われたこと。
撮って、現像に出して(もしくは自分で現像して)忘れたころに仕上がってくるのがよいらしい。

フィルムの方が色がよいとか階調が豊か、などということより、なるほどと思うところがあった。

KLASSEをレンタルしてみて、現像に出して、その日に捻挫したので写真を見たのはしばらく経ってからになった。そして適当にプログラムモードでシャッター押しただけなのに、ここ最近撮れたことのないような写真が登場してくらっとした。

西梅田 西梅田

西梅田

ゆるい絵よりぱっきりした絵が好きです、と店員さんに話して、エクター100をすすめてもらったのがよかったかもしれない。(ISO感度固定ということがぴんとこなくて夕暮れの街を撮ったけど当然撮れてなかった…)


この1-2年、イベントの記録撮影をたまに頼まれるようになって、自分が今「写真の眼」になっているかどうか、ということを街を歩いているときに意識する機会は減っていった。
撮ることがあまり楽しくなくなってきていたのだと思う。
フィルムカメラで、ここ!って思った時に息を止める感覚を体験して、何か取り戻せたようでうれしい。

今のところ現像+デジタルスキャンしてもらっているので、まだデジタル寄りの使い方だけれど、これから変わっていくかもしれない。



コンデジと比較

KLASSE S(フジカラー SUPERIA PREMIUM 400)

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ニコンP310




購入情報
カメラ本体だけなら、こちらが最安。フィルム3本ついていて3万切る。
FUJIFILM KLASSE S (クラッセ S)フード付き - 軽米写真館★郵送プリント&トイカメラ★

ただ、革の専用ストラップ付きのが欲しかったので、デジカメオンラインで買った。
デジカメオンライン
(ストラップ付きのKLASSE Sは、タイミングによって出たり出ていなかったり。)

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価格.com - 富士フイルム KLASSE S 価格比較でチェックするといいと思うけれど、ずっと見てるともう底値&マーケットからなくなったら販売終了になりそうな雰囲気…

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posted by サトウアヤコ at 00:28 | チャレンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

祖父母や親を「編集」する

きっかけは友達が教えてくれたこの本。
老いのくらしを変えるたのしい切り紙
老いのくらしを変えるたのしい切り紙

特に趣味がないという父を持つ著者が、あの手この手で切り紙を薦め、そのうち切り紙は家族みんなにとってかかせないものになっていく話。
これを読んで、じゃあうちの親に切り紙を!というのは違うようなぁと思っていたところ、父が今より元気だったころに描いていた、街中スケッチをまとめることを思いついた。

ハガキ大のスケッチブックを借りて、本人の見ている前でスキャン作業をしたところ、PCの画面でスライドショーとしてみたら、記憶が刺激されたらしく、母と思い出話に花が咲いたらしい。
そして、できあがったものを渡したら、「(出版物みたいなので)自分のではないみたい」と言っていた。
スケッチブックは父の机の上にずっと置いてあったけれど、描くのをやめてから見ている感じはほとんどなかった。父のスケッチは遠近感や立体感はちょっとおかしいのだけれど、色使いがびっくりするほどきれいで、母も私も褒めていたのだけれど、本人は自分の絵がよいとはそんなに思っていなかったのだと思う。

でも、ちゃんと本の体裁にしたら、やっぱり違った。他者(この場合私)が関わることで、スケッチの見え方が少し変わったのではないかと思う。

Photoback|あなたの写真が本になる。フォトブック、アルバム、文庫本作成
を利用した。
ROUGHという15cm角正方形のフォーマットが、縦と横と両方あるイラストがおさまりやすくてよかった。

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表紙画像。カバーもついて本格的。

2002年から2008年までの数冊のスケッチブックから、合計70枚ほどスキャンしたことで、父の行動パターンや好きだった場所を私自身も再確認することができた。スケッチ自体は描き上がるたびに見せてもらっていたのだけれど。
Googleマップを使って、スケッチを地図上にプロットしてみたい。

例えば8年前に亡くなった祖母。今なら例えば短歌をPhotobackのBUNKOやLIFEを使ってまとめることができたなと思う。一緒に旅行したところにあった万葉集歌碑もある。私の写真を入れることもできる。(今からでも母や伯母たちのためにそうしてもいいかも)
まだ試したことはないけれど、テキストが多いならBCCKSでも1冊から本が作れそう。
BCCKS / ブックス - BCCKSって?


「作品」じゃなくても、例えば、山歩きが好きならその写真と記録、家の料理のレシピ集なんかを聞いて作ることもできる。

webの仕事をしていると、自分で自分の編集をするのはとても難しいことだと思う。それには「聞き手」が必ず必要で、そして、家族であるモードと聞き手であるモードは少し違って、意識的に「聞き手」となることは家族の関係性も少し変化させるのではないだろうか。
照れやわだかまりがあったとしても、間に編集作業を差し挟むことで、少しは解消されるような気がする。この人はこんなことが好きで、考えていたんだという何かが、家族としての理解とは別に見ることができる。

そしてその関わっていくプロセスがきっと大切なのだと思う。半分は祖父母や親のためだけれど、半分は自分のためでもある。

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posted by サトウアヤコ at 09:08 | チャレンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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